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HierosPhoenix2008-08-15

Do what thou wilt shall be the whole of the Law.

 アレイスター・クロウリーが1907年に設立した魔術結社「銀の星」団は、過去に前例のない画期的な修行カリキュラムを有していました。世界中を旅して回った経験がある彼は、東洋の体系も重要視し、西洋のカバラと同等の意味を中国の易経に見出し、また仏教、ヒンドゥーイスラムの秘教哲学にも強い関心を持っていました。

 特にヨガについては最大の関心を持っており、1910年発行の『春秋分点』第一巻第四号、1912年発行の『第四の書-第一部』にて彼自らが研究し実践したヨガのメソッドを大々的に紹介しています。全ての人間の脊髄基底部にとぐろを巻いている火の蛇クンダリーニ。その神秘なる蛇の目覚めは、人間に真の覚醒をもたらし、霊的な能力を開眼させます。クロウリーは王道のヨガと呼ばれるラジャ・ヨガを「銀の星」団の必須カリキュラムに組み込み、バクティマントラ、ジナーナ等の主要なヨガの哲学と実践を弟子に義務付けました。西洋の魔術と東洋の神秘主義。その目標はいずれも神との合一にあります。

ヨガを志すものは、最初にアーサナと呼ばれる微動だにしない姿勢保持の訓練から始めます。一時間はその姿勢を保つ必要があります。続いてプラーナ・ヤーマと呼ばれる呼吸の制御へと進みます。深くリズミカルな呼吸を反復することによってヨガにおける生命力であるプラーナを体内に充填し、火の蛇クンダリーニを活性させるのです。クロウリーは呼吸のリズムとシンクロするマントラを併用することを推薦しています。

「銀の星」団でのヨガ必須科目を列挙すると下記になります(あくまでもカリキュラムの一部でしかありませんが)。

2=9 Zelator    アーサナ、プラーナヤーマの習熟
3=8 Practicus   「第三の書」 言葉の制御
4=7 Philosophus  「第三の書」 行動の制御、マハサティパッターナ 
Dominus Liminis  「第三の書」 思考の制御 プラトヤハーラ、ダーラナー
5=6 Adeptus Minior(within) ディヤーナ
8=3 Magister Templi サマディ

第三の書(Liber III vel Jugorum)は、言葉と行動と思考の制御を目的とした行動様式(パターン)の修正(Operant Conditioning)を可能にします。瞑想(ダーラナー)の阻害要因となる行動様式、思考パターンに修正を加え、調整するための具体的な方法が提示されています。

マハサティパッターナは仏教的観察の実践です。例えばアーサナに座し、「呼吸により息が吸い込まれ、吐き出される」様を邪念抜きにただただ観察を続けます。あるいは歩きながら「今、右足が上がった」「続いて右足が着地し、連続して左足が地面を離れた」といった動きを刻々と、しかし冷静に観察を続けます。単純な動きに集中し、習慣を心で直感的に理解することを心掛けます。現象に対する観察持続により、現象に対する客観性が獲得されます。即ち全ての現象を外部の第三者として観察するのです。そうすれば心を乱す好ましくない感情は一掃されていきます。

プラトヤハーラ(思考に対する抑制力、制御)はプラティとハーラの二つの語からなり、その意味は感覚器官に対して食べ物(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚=知覚器官)を決して取らないことを意味します。即ち感覚器官がその働きを止めて平静な状態にあることを指します。知覚器官の支配者たる意志は、感覚器官からの情報に惑わされず、知覚そのものをコントロールすることが可能なのです。それは諸感覚器官への最高の柔軟性であり、諸感覚器官が対象と結びつかなくなることを意味し、一点集中(ダーラナー)のための入り口となり、基礎となります。プラトヤハーラは思考を制御することではありますが、正確には諸感覚が分断され、思考が不可能となる平穏状態を指すと考えられます。それは駒が激しく回転しているにもかかわらず、あたかも静止しているように感じられるのと同様です。

ダーラナーは意識作用が一点に集中し尽くす状態を指します。「サメクの書」の召喚の野蛮な名前とともにある元素界への並行飛翔と垂直上昇は、正にダーラナーの習熟によって達成されます。またあらゆる儀式のクライマックス、没我入神は儀式によってもたらされるダーラナーの一例です。

クロウリーはヨガの能力向上が、イコール儀式魔術、星幽体投射の能力向上であることを見抜き、その段階的な修行法を提示したのです。1=10, 2=9, 3=8位階ではそれぞれ「HHHの書」の瞑想も義務付けられていますが、この実践は純粋なヨガというよりは「銀の星」団のイニシエーションの観想(追体験)、儀式魔術における内的変容の観想、諸界への上昇のための能力開発とシンクロしています。「銀の星」団の重要科目の一つとして位置付けられる瞑想訓練がこの「HHHの書」です(暗号が散りばめられた難解な書ではありますが)。

「銀の星」団では科学的啓明主義というスローガンの下、徹底した修行のカリキュラムが完備されていたことは先に述べた通りです。位階を進む毎にその内容は難解かつ高度になります。「銀の星」団は個人の霊的発達を通常の方法よりも飛躍的に高めることにその主眼を置いています。一方、「東方聖堂騎士団」は個と社会の自由を獲得するための開放された同胞団であり、そのカリキュラムはメンバーが如何に人生を送るかによって無限のバリエーションがあると云えます。個の人生の中に『法の書』の中核的メッセージである「汝の志すところを行え、これぞ法の全体とならん」を掲げ、新しき法=セレマとともに生きる。二つの結社はそれぞれ独立していますが、相補的な関係にあり、今も世界の魔術結社の中核として活動を続けています。

クロウリーは、旧「黄金の夜明け」団の失敗を避けるため、「銀の星」団において一つのルールを策定しました。メンバーは自分の教師と直属の弟子の二人以外には団のメンバーと接触することが許されておらず、またロッジという概念も一切排除されたのです。(勿論、カクストン・ホールでのエレウシスの儀礼などの例外はあります) これはメンバー同士が不用意に接触することにより、団がサロン化することを嫌悪するが故です。後にグランド・ニオファイトと呼ばれる外陣を統括する役職を任命し、そのルールを若干緩和しましたが、ロッジの概念は全く排斥されたままでした。

またクロウリーは、旧「黄金の夜明け」団の様々な位階参入儀式の内、0=0と5=6以外は意味がないと断定し、「銀の星」団向けには二つの参入儀式しか用意しませんでした。一般に「銀の星」団は、「ピラミッドの書」(Liber Pyramidos)と呼ばれる自己参入儀式のみが存在しているという誤解がありますが、実際にはそうではありません。

かつて混沌魔術結社IOTは「銀の星」団の後継者を標榜し、ラジャ・ヨガを簡素化した「MMMの書」をカリキュラムに取り入れていました。また多くの西洋魔術結社が東洋のメソドロジーに再注目し、その流れを受け入れてきました。とはいえ、「銀の星」団は未だに謎に包まれ、その全貌は明かされていないままなのです。

Love is the law, love under will.