IAO Formula

Do what thou wilt shall be the whole of the Law.


人は平凡な人生より、波乱に満ちた苦渋の経験を経ることによって知恵を増し、忍耐強くなることができます。ふりかかる艱難辛苦に耐え、それを乗り越えることこそが人間に深みを与えるのかもしれません。魔術の術式における「IAOの術式」は、最初に存在するひとつの「理想」状態が災害などによって危険にさらされ、それを乗り越えることによって蘇生・復活し、最初の状態から一段階ステップアップする成長過程を定式化しています。IAOはグノーシス主義における最高神ですが、「黄金の夜明け」団の象徴学では、「IAOの術式」は、I-A-Oの3文字に分解され、それぞれI =イシス、A=アポフィス、O=オシリスの頭文字として、連続する変化過程を象徴するエジプト神話の神格へと変換されます。イシスは慈悲深き母のアーキタイプとして愛と慈しみの主催者とみなされます。彼女はオシリスの妻であり、太母としてひとつの理想的な「自然」を表象します。アポフィスは邪悪な毒蛇、ないしは砂漠と南方の神セトとしての破壊者です。邪悪な弟セトはイシスの夫にして兄であるオシリスを殺戮し、オシリスの肉体を分断し、破壊します。夫の死を嘆き悲しむ女神イシスは彼女の魔法によって失われたオシリスの肉体を再構成し、より強固なる神オシリスを復活させます。この場合、オシリスは殺害という致命的な危機にさらされ、のちに復活し、完全となる変容の主体となります。あるいは、それは理想を追い求める高邁な魂が、霊的渇きという魂の暗い夜に浸食され、やがて一筋の光明を発見し、それをたぐり寄せることによって光に満たされるといったような再生のモチーフを主軸とした元型的なドラマと同義です。

こういった「死して蘇る神」のモチーフは過去2000年にわたって人類に大きな意味をなしてきました。その最大の因子は、いうまでもなく救世主イエスの復活の物語でしょう。「黄金の夜明け」団の六芒星儀式や小達人の参入儀式ではIAOの名前を、イエスが拘束された十字架上に掲げられた言葉「INRI」から導きだします。この言葉はラテン語の「IESUS NAZARENUS REX IUDAEORUM」の頭文字とされ、もっとも一般的には「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」と訳されています。実際の式文はこうです。

 I.N.R.I.
 ヨド ナン レシュ ヨド
 ウィルゴ・イシス・無敵なる母
 スコルピオ・アポフィス・破壊者
 ソル・オシリス・殺されて立ち上がりぬ
殺されしオシリスのサイン
 L=イシスの嘆きのサイン
 V=タイフォンとアポフィスのサイン 
 X=甦りしオシリスのサイン
 L−V−X−ルクス−光
 光の十字架

そして、この一連の動作によって、魔術師はD.W.B. ( Divine White Brilliance 神聖白輝光 ) を天から召喚します。ここでこの「INRIの鍵の解析」とよばれるこの簡素なカバラ的変換について少しだけ解説してみましょう。
ヘルメス・カバラの理論に従えば、INRIの4文字は、下記の照応をもつとみなされます。

I     ヨッド     処女宮       
N     ヌン      天蠍宮      
R     レシュ     ソル(太陽)      
I     ヨッド     処女宮

テトラグラマトンの「父」を表す男性的な文字ヨッドに処女宮が対応していることに違和感をもつ必要はありません。ここで考えるべき観点は女性的な観点ではなく、あくまでもその処女性、つまりは自然における純粋性です。天蠍宮は猛毒を放つ蠍による「死」、すなわち「変容」の代名詞として解釈されます。太陽は私たちの生命の与えてにして、地上に富をもたらす自然界の包括的エネルギーのシンボルです。INRIの4文字は、従ってカバラ的に変換され、処女宮( =ウィルゴ・イシス・無敵なる母)、天蠍宮( =スコルピオ・アポフィス・破壊者)、太陽( =ソル・オシリス・殺されて立ち上がりぬ)となり、3人の偉大なる神の頭文字へと変換されます。ここから魔術師は「黄金の夜明け」団の中で「L.V.X.のサイン」とよばれる4つのサインを順次形成します。
「殺されしオシリスのサイン」は磔刑を示唆します。ここでオシリスは邪悪な破壊者の殺意の犠牲となります。「L=イシスの嘆きのサイン」は最愛の夫の死を嘆く妻の悲しみのサインです。「V=タイフォンとアポフィスのサイン」は、毒をもつ破壊者のサインであり、それは兄殺しセトを示しています。 「X=甦りしオシリスのサイン」はイシスの愛によって蘇生・復活した大いなる神、完成者オシリスのサインです。これら4つのサインはL.V.X.、すなわち「光」による救済の教義を体現します。またL.V.X.をゲマトリア変換した数値65は「アドナイ」の数値と同じであり、復活したオシリスが最も至高なる「神」として復活・昇華したことを示唆しています。


アレイスター・クロウリーは『魔術 理論と実践』の第5章「IAOの術式」の冒頭部分で薔薇十字の三位一体論を引用しながら、この術式の概論を述べています。

Ex Deo nascimur 私たちは「神」より生まれいで
In Jesu morimur 私たちはジーザスとして死にいたり
Per Spteitum Sanctum reviviscimus 私たちは「聖霊」によって再生するのです

この言葉は『薔薇十字の名声』に登場する伝説のクリスチャン・ローゼンクロイツが抱いていた『Tの書』の結びの一文です。これはキリスト教ローゼンクロイツの信条として如実に「IAOの術式」の本質を反映しています。「IAOの術式」は、「進化」(それは再生と同義です)の過程、そのドラマを反映した「昇華」の公式です。そう、オシリスには「死」が必要不可欠だったのです。彼はたんに過去のオシリスの復元として復活したのではなく、より優れた存在として昇華するために、必然としての「死」を体験し、新たな神として創造されたのです。この場合の「死」とは、錬金術の「ニグレド 黒化」とまったく同義ということになります。すなわち、純粋な金を得るためには、第一質量は完全に腐敗し、破壊されたのちに再構築される必要があったのです。

「IAOの術式」の中心的宣言としての「INRIの鍵の解析」は「黄金の夜明け」団の達人の地下納骨所を開く秘密の鍵でもありました。「死して蘇る神」の術式は、「腐敗し、再生する勝利の神」の術式であり、それは過去2000年にわたって西洋の神秘思想を席巻してきた中心教義でした。アレイスター・クロウリーはまずこの標準的な「IAOの術式」を解釈したのちに脚注でこう述べています。

「これとはまったく異なる他の術式がある。そこではIは「父」、Oは「母」、Aは「子供」である。あるいはさらに異なる術式ではI,A,O,とは、「母」であるH.H.H.によって均衡する「父」であり、両者はそれによって完成した「宇宙」となる。3番目のもの、「獣666」の真の術式では、IとOはAの作業領域を形成する相反物となる。」

??? これはクロウリーのいたずら心が創作した戯言なのでしょうか? 私は以前、このブログで彼の『魔術 理論と実践』を評してこう断言しました。
アレイスター・クロウリーという人間は、こと魔術に関しては、いい加減なこと、根拠のないことは書かない」
この考えは今もまったく変わっていません。彼が言及した3つの「IAOの術式」は実在し、なおかつ私が知る限り、もうひとつ極めて重要なニュー・アイオンの「IAOの術式」が存在します。しかもそのバージョンには新しい時代の新しい「INRIの鍵の解析」がセットになっています。クロウリーは、「腐敗し、再生する勝利の神」の術式としての「IAOの術式」以外に下記の4つの「IAOの術式」を公式化したことになります。

(1) I「父」、O「母」、A「子供」
(2) IAO 「父」、HHH「母」。真正六芒星の完成
(3) I 「父としての男根」、A「作業結果」、O「母としての女陰」
(4) I「父」、A「母」、O「子供」


では、クロウリーはなぜそれらの他の術式を『魔術 理論と実践』で紹介し、解説しなかったのでしょうか? その答えは明白です。それらの術式はO.T.O.とA∴A∴の諸位階の参入儀式、位階の教義文書に採用されているもの、すなわち両団のイニシエート以外には秘密とされているからです。クロウリーは、ことさら「IAOの術式」を重視していました。彼はイニシエートの魂の錬成、錬金術的変容の過程、あるいは哲学的真実を伝えるために「IAOの術式」をときに変則的に用いていました。その意味でも「IAOの術式」は私たちにとって「絵に描いた餅」、すなわち「形だけで実際には何の役にも立たないもの」ではありません。それは深遠で言葉では表現できない神秘を伝える魔術のヒエログリフ、実際に行動が付随する力動的変容過程を端的に表現した公式なのです。

クロウリーは『魔術 理論と実践』の第5章「IAOの術式」の中で、「IAO」を敷衍した新たな術式「FIAOF」について多くの言葉を連ねています。彼は「IAO」の接頭辞、接尾辞として「子供」を表象する「ヴァウ(F or V)」加えることによって、セレマとアガペーが持つゲマトリア数字93と等価となる「FIAOF」(あるいはVIAOV)を創作しました。しかし、その変更は彼にとって理に適ったものでした。なぜならば、彼が受け取ったアイオンの福音書『法の書』によれば、神は必ずしも死ぬ必要はない、と説かれていたからです。


“ われは地上においては想像もつかぬ程の喜びを与える。生ある間に信仰ではなく、確信を死の上に。言葉では言い表せぬ平穏、静寂、休息、恍惚を。われは如何なる生け贄をも要求せず。” 『法の書』 第一章58節


 “ 隠されたる、栄光に満ちたわが名前の内に光輝はある、真夜中の太陽(サン)が常に息子(サン)であるように。” 『法の書』 第三章74節

「FIAOF」は、永続的な戴冠する「子供」の術式として旧来の「IAOの術式」とはまったく異なる哲学を主張することになりました。「ホルスのアイオン」においては「最後の審判」や磔刑の意義といった概念は緩やかに撤廃され、祝福された無垢なる子供の存在の喜びが強調されることになりました。


“ 汝ら一同、覚えておくがよい。存在は純粋なる喜びであるという事を。全ての哀しみは影の如きものにすぎぬという事を。それらは通り過ぎ終(つい)えるものであるが、留まるものもあるという事を。” 『法の書』 第二章9節


セレマの法の中心教義は、人間の本質を「神」と同等とみなしたことです。「神」は決して人間の魂の外側にはなく、その内側で見出されます。東洋では一般的なこの考え方がその中心にある以上、神は「死して蘇る」必要はないのです。したがって「FIAOFの術式」はクリスチャン・ローゼンクロイツが説いた死と蘇りの神秘劇とはまったく異なる術式として定式化されることになるのです。


“ かくして今、汝らにはヌイトという名前で知られ、彼には、終にわれを知りたる時に授ける秘密の名前によって知られるなり。われは無限の宇宙、そして無限の星々であるが故、汝らもまた、かくの如き行え。何者をも束縛するなかれ!おまえ達の間で、如何なる二者にも差異を作らせるべからず。何故ならば、それによって苦痛が生じるからである。”   『法の書』 第一章22節


「IAOの術式」が時代を反映した「神」に対する魔術的公式化であるならば、それはまた時代の遷移とともにその形を変化させていったとしても不思議ではありません。ちなみに「FIAOF」という言葉の発音ですが、「フィアオフ」とは発音しません。その正しい発音は「イーアーオー」です。同じく、例えば「Aumgn」は「オウムグン」とは決して発音されず、それは単に「オウム」と発音されます。

アレイスター・クロウリーが従来の「IAOの術式」を認めつつも、4つの異なる「IAOの術式」と「FIAOFの術式」を定式化したように、あなた自身もまたその個人信条と神学理論に基づき独自の「IAOの術式」を創作することができます。そしてそれは必ず行動を伴う生きた魔術哲学となり、あなたの理解と成長を促すに違いありません。「IAOの術式」をはじめとした「マジカル・フォーミュラ」とは決して単なる思考の玩具ではないのです。少なくともアレイスター・クロウリーが異なる「IAOの術式」を使い分け、膨大な理論と実践の糧をそこから導き出したように。幸運を!


Love is the law, love under will.