Liber VII and Pan

Do what thou wilt shall be the whole of the Law.

1907年10月29日午後11時からの二時間半。陰りのない全きサマディーの最中、アレイスター・クロウリーは一冊の書物を授かります。5700語の全7章からなる書物。それが、『諸書の書 またはラピスラズリの書、エジプト人達のカバラ概要 第7の書』です。クロウリーは、忘我への没入の結果として得た、この聖なる書物の著者をあからさまに書き残すことはありませんでした。ただし『第61、または原因の書』の中で、彼はその書物が「神殿の首領」であるV.V.V.V.V.の言葉であることを明言しています。このような忘我の域にて彼に伝えられた書物は、彼の魔術結社「銀の星」団においてはというカテゴリーに入れられることになります。『法の書』を含めた全13種類の書物がとしてカテゴライズされ、その他の研究書、実践指南書、団の指導書等と厳密に区別されています。それらの書物は、一字一句すら変えることが許されず、また団の権威の批評すら及ばない不動の書物群です。これら「聖なる書物」の翻訳は大変骨の折れる作業です。恣意的な解釈は、時に文脈を歪め、本来の文意を破壊しかねません。近頃、この重労働の一端が、OTOの魔術師 姉妹O.I.L.によって新たに公開されました。古英語でしたためられた難渋にして神秘的な『諸書の書 またはラピスラズリの書』の翻訳です。
http://www.otojapan.org/nihil/docs/Liber7_Japanese.pdf

私達セレマイトが魔術的なカバラを学ぶ最も確たる要因は、これら「聖なる書物」を紐解くことにあります。一見、難解極まりない天使の詩は、実は魔術的なカバラを用いた暗号文であるという一局面を持っています。逆に「聖なる書物」を紐解く必要のないセレマイトにはカバラの知識は然程重要ではなく、単なる思索ゲームとしての価値しかないといっても過言ではありません。ここでは、1910年の3月10日から11日にかけてクロウリー自身によって書かれた鉛筆書きの解説を踏まえながら、『諸書の書 またはラピスラズリの書』の短いプロローグの意味を考えてみたいと思います。



いまだ生まれぬ者のプロローグ

1. わが孤独へと来たる—
クロウリーは、「孤独」(loneliness)という言葉が「深淵の赤子」を意味していると解釈しています。「深淵の赤子」とは、「生命の樹」を上昇した達人が、<人間の世界>と<神の世界>の境界に広がる深淵へと進み、個我を捨て去り、純粋無垢な「赤子」として再誕する神秘的な局面のことです。ここでは、達人が「深淵の赤子」へと至るという劇的な場面から始まります。

2. 最遠の丘に出没する薄暗い木立のフルートの音色。
フルートとは牧神Panが奏でる楽器です。達人は深淵に飛び込んで、個我を捨て去った時に、この神秘の音色を聴くことになります。

3. かの激しき川からさえ、それらは荒野のふちにいたる。
この川は、「至高のエデン」から流出する永久の流れの一つである「フラス」(Phrath)を表しています。「黄金の夜明け」団の3=8の知識講義では、ダースに於いて分岐し、「地」マルクトへと注ぐ流れを表しています。「荒地」(wilderness)は、「深淵」とそこに棲む拡散の悪魔コロンゾンを表しています。

4. かくてわれはパーンを見る
Panの尽きることのない生の奔流、創造性は深淵を越えた世界に広がります。

5. かの雪は永久なる超越、超越—
「雪」は果てしない高山の頂に年中存在しています。これは、いと高き世界、「生命の樹」の最初の3セフィロト、「至高の三つ組み」を表わしています。

6. またそれらの芳香は、星々の鼻腔へ煙を立ち昇らせる

「星々」は天空の女神であり、大宇宙の外周であるヌイトの不可視の身体を形成しています。ここにおいてPanはヌイトとともに「全体性」を主催しています。

7. されど我はそれら以てなにを為すというのか?
今まさに深淵を越えんとする達人は、ここで自問自答することになります。彼は、未だ深淵に身を委ねることなく、一旦たじろぎます。

8. そのパーンの永遠のヴィジョンたる微かなるフルートのみを我がほうへ。
それでも彼は、永遠の生である牧神が奏でる音色に惹きつけられます。正に個我を捨て去り、直線的な知性から人ならぬものへと昇華する瞬間を待っています。

9. 眼に、耳に、パーンのあらゆる側面に於いて。
Panの「全」としての生命力、芳香と活力、フルートの音色と覚醒の息吹は、達人の眼と耳を「全体性」で満たしていきます。

10. いきわたるパーンの香り、すっかり我が口を満たす彼の味。そのように異言はこの世ならぬ奇怪な発話へとほとばしる。
Panとの邂逅に、達人は覚醒の予兆を感じます。外なる「全体性」は、今や彼の内なる「全体性」へと統合されようとしているのです。

11. 痛みと快楽のあらゆる中心に於ける熱烈な彼の抱擁。
Panの「全体性」は、彼を麻痺させ、酩酊させます。

12.6番目のうちなる感覚は彼の最奥に激しく燃え。
 達人とPanは互いに結びつき、最奥の炎が彼の新たなる感覚を支配していくのを感じます。

13.われ自身は存在の断崖へと投げ落とした。
ケセドからビナーへ。彼は予兆を捨て、存在の断崖=深淵へのダイブを完遂します。自らの意志と意志の下の法によって。彼は個を捨て、「深淵の赤子」として再生する道を自ら選択したのです。

14.深淵でさえ、消滅。
 「消滅」Annihilationはセレマの体系の中で最も重要な「行動」を表しています。彼は「深淵」を越え、「ピラミッドの都市」へと進み、そして沈黙とともに座すことになるでしょう。

15.すべてに於ける、孤独の終わり。
 そして彼は、ビナーの別名である「ピラミッドの都市」へ進みます。そこにおいて彼は「神殿の首領」8=3へと上昇します。この書そのものが、”「神殿の首領」の「誕生の言葉」”と称される所以がここにあります。

16. Pan! Pan! Io Pan! Io Pan!
 Pan = 「全」は、I(男根)とO(女陰)の結合、また「0=2」として達成されます。ビナー=「ピラミッドの都市」は、また「Panの夜」N.O.X.と呼ばれています。またN.O.X.は「子供のアイオン」たるホルスの時代の中核的術式です。


ここから、いよいよ7章から成る本文が始まります。クロウリーによれば、これら7章は伝統的な7惑星に対応しています。この短いプロローグを読み解くだけでも、クロウリーの魔術世界の知識とカバラによる言語解釈が必須です。「聖なる書物」には唯一絶対的に正しい解釈というものは存在しません。それ故に、あらゆる読者があらゆる知識と直感によって、これらの書を紐解くことになるでしょう。どうぞ楽しんで下さい。

Love is the law, love under will.