Liber H.H.H.

Do what thou wilt shall be the whole of the Law.


「銀の星」団 A∴A∴を創設した当初、クロウリーは偉大なる二つの神の名を結合させ、一つの重要なドクトリンを作り上げました。二つの神の名の結合はマクロプロソプスとミクロプロソプス、大宇宙と小宇宙の結合を表し、六文字からなる結合された神の名前の各文字は六芒星の角にそれぞれ割り当てられました。この六文字の内、三文字はカバラ的に変換され、別の偉大なる神秘名が導き出されることになりました。彼が得意としていたゲマトリアの手法を用いて、その変換された名前の数値を割り出すと、それはヘブル語で「救世主」を表す数値と等価となり、更にそれは旧約聖書に登場する悪しき「蛇」の数値でもありました。カバラ的に変換される前の統合された一つの神の名前の内の三文字は、< H.H.H. > であり、残りの三文字は < I.A.O. > でした。

『H.H.H.の書』は1911年の春分に刊行された魔術師達の為の百科全書『春秋分点』第一巻五号に掲載されました。後にクロウリーの代表作である『魔術 理論と実践』(1929年初版) に再録された際には削除されてしまった書の冒頭の記述は、後に刊行された兄弟ハイメナエウス・ベータ編纂による『ABAの書』(1994年初版) で復活し、この稀有な魔術指導書を理解する為の重要なヒントを提供しています。アレイスター・クロウリーによれば『H.H.H.の書』は、” 意志された一連の思考を通して成就を遂げる為の三つの方法 ” を教示した指導書ということになります。『魔術 理論と実践』に再録された際には削除されてしまった記述によると、神に到達する道として二つの方法があると定義されています。それは六芒星を形成する二つの三角形、即ち、上向きの「火」の三角形に表象される心を燃え上がらせるアクティブな方法と、下向きの「水」の三角形に表象されるパッシヴな方法です。双方の三角形は、それぞれ三つの原理からなり魔術師を達成へと向かわせます。更に『H.H.H.の書』に於ける三つの達成原理は、それぞれ < ピラミッド >、 < 死体 >、 < 男根 > であるとクロウリーは述べます。一方、もう一つの指導書『I.A.O.の書』( 第17の書) は厳密にいうとクロウリーによって ”書かれなかった” 書として、現存は確認されていませんが、現在では公刊されている『活性化された熱狂主義』(第811の書) がそれに相当、或いは類似した書であることが定説となっています。
これら『H.H.H.の書』と『I.A.O.の書』が結合すると、統一された偉大なる神の名が召喚され、不動の六芒星が確立されます。

『H.H.H.の書』に与えられた書の数値は < 341 > であり、それはヘブル・アルファベットの「三母字」、即ちアレフ、メム、シンの総和となります。『H.H.H.の書』で教示される三つの瞑想はそれぞれ「MMM」、「AAA」、「SSS」という三つのセクションに分割されており、「M」はメム = 「水」の原理を、「A」はアレフ = 「風」の原理を、「S」はシン = 「火」の原理をそれぞれ表しています。実はこの三つの瞑想は、A∴A∴の外陣のワークの極めて重要な要素を担っています。

「MMM」のセクションで提示される不思議な瞑想は、初読者には謎以外のなにものも提供しません。瞑想者はヨガの座法をキープし、その不思議な観想を行います。重苦しい夜の海は稲妻に引き裂かれ、瞑想者は毒蛇に22回も噛まれることになります。やがて卵である瞑想者は、赤と緑と銀と黄金の十字架に取り囲まれます。聖守護天使に一心に祈り、拡張した光 L.V.X. の恍惚の中で瞑想者は静かに瞑想を終えます。この不可解な瞑想は、実はA∴A∴の1=10 ニオファイト位階の参入儀式『門の書』のアウトラインを描いたものです。そしてこの儀式は、文字通り、聖守護天使の降臨を実現させる驚嘆に値する集団儀式です。この試練は、A∴A∴では「聖守護天使の幻視」と呼ばれています。
http://d.hatena.ne.jp/HierosPhoenix/20130704
「聖守護天使の幻視」に於ける変成作業に関する明確な記述をJ.ダニエル・ガンサーの名著『子供の時代の秘儀参入』から引用してみましょう。

“「聖守護天使の幻視」は、ヴィジョンやトランス状態とは何の関連性もない。それはネフェシュを無益で未制御なままの状態から、“固有の言葉”への注意深い状態へと変成させることである。その言葉は知られてはいないものの確たるものであり、真の熱望の実証によって自明の理として宣言される。” “ネフェシュの領域で生起した”聖守護天使の幻視”よりイニシエーションの結果が生じる。変化の触媒、また同様に変成のプロセスそのものは探求者の無意識のうちに始まる。”

A∴A∴の1=10ニオファイトは、「MMM」セクションの瞑想を反復して行い、この変成作業を意識と無意識の双方に定着させます。そしてニオファイトの参入儀礼である『門の書』を体験した参入者にはもはや、< 22回噛みつく毒蛇 > や、< 赤と緑と銀と黄金の十字架 > は謎の符号ではなく、その真の意味が理解され、深い瞑想の対象となっています。「MMM」のセクションは < ピラミッド > に対応します。その意味は明白で、参入者はかの偉大なるピラミッドの内部でこのイニシエーションを受けることになります。


「AAA」のセクションは、続く 2=9 ジェレイター位階の参入儀式『死体の書』のアウトラインを描いたものです。瞑想者はまず自分自身の死のプロセスを観想します。死へと至るプロセスは、それが現実と見間違うほどに周到に、且つ詳細に観想されなければなりません。やがてミイラとして防腐処理を施された瞑想者は、今度は逆に蘇生のプロセスを事細かに観想することになります。死体である彼にやがて生命たる息と光、声と口づけが到来します。それは長い眠りからの目覚め、聖守護天使からの接吻でもあります。Mors Janua Vitae “ 死は生命の門なり ”、そう『死体の書』はエジプトの『死者の書』をベースに置いたエジプト様式の儀式です。死と復活の要素は西洋の秘教的な参入儀礼の最も普遍的なテーマですが、この教義は、古きアイオンではティファレトに関連付けられた最高の達成の証でした。A∴A∴の2=9 ジェレイター儀式は、旧来の「黄金の夜明け」団の 5=6 ジェレイター・アデプタス・マイナーの参入儀式に対応していると考えても別に間違いではありません。死から復活した瞑想者は、地下世界を旅し、卵へと変成し、やがて東の地平線から太陽として上昇します。

『死体の書』に与えられた数値は < 120 > で、これはヘブル文字のサメク (月 = イエソドと太陽 = ティファレトを連結する小径 ) をフルスペリングした数値であるだけではなく、O.T.O.内部で秘密とされているある言葉の数値でもあります。また死去から120年後に復活したクリスチャン・ローゼンクロイツの伝説とも関連しています。2=9 ジェレイターは、この儀式で < 小さき贖罪 > を成し遂げます。ティファレトからイエソドへとシフトされた死と復活の儀式によって、参入者は全身を覆う包帯を脱ぎ去り、サンダルを履き暗黒の地下世界を歩き始めます。彼は自らを殺めた者、アンク・アフ・ナ・コンスとなり、大いなる生殖力たる光の卵となり復活します。そしてこの儀式を通過した者は、Order of Thelema ( セレマ団 ) へと受け入れられます。彼は大いなる太陽神 ラ・ホール・クイトと自分の魂を同一化させることでしょう。『法の書』に曰く、

“ Raの玉座の上に現れよ! Khuの道を開け! Kaの道を照らせ!
Khabsの道がかけ抜ける! われを奮起させるべく またはわれを静めるべく
Aumよ!われを殺めさせよ!”
    ( 第三章37節 )

「AAA」のセクションは < 死体 > に対応します。その意味は既に明らかでしょう。


「SSS」のセクションは、3=8 プラクティカスに課された重要な瞑想課題です。瞑想者は体内の脊髄基底部に眠るシャクティ、クンダリーニの蛇の覚醒を目指します。ヨガの座法にて心身共に安定した瞑想者は、自分の脳が大いなるイシスの子宮、星々の女神ヌイトの身体そのものであると観想します。続いて基底部をオシリスの男根、またはヌイトのパートナーであるハディートであると観想します。瞑想者はここから全身全霊を傾け、 < 火の蛇 > を蘇生させ、脊髄を上昇させることに集中します。クンダリーニの覚醒は勿論、簡単なことではありません。また不用意にそれを目覚めさせようとすると、所謂クンダリーニ症候群を引き起こし、心身共にダメージを受ける危険性が大いにあります。A∴A∴では、2=9 ジェレイター位階に於いて、徹底してヨガの座法と呼吸法を修練させ、また精神集中と霊的なバランス感覚を訓練させます。「SSS」のセクションに挑む者は、まずは長年にわたる訓練課程を経てからこの技法にチャレンジする必要があります。

クンダリーニは、体内に眠り続けるコズミック・フォースであり、セレマの体系では有翼の球体であるハディートに対応します。

“ われは、跳躍せんととぐろを巻く秘密の蛇なり。とぐろを巻く中に喜びはある。
われが頭をもたげるならば、われとわがヌイトは一つなり。われが頭をうなだれ、
毒液を前方へと浴びせるならば、その時地上は狂喜し、われと地上は一つとなる。”
              『法の書』第二章26節

クンダリーニは、もっとも精妙かつ高次のエネルギーであり、その姿は幻視者たちによって蛇に喩えられています。とはいえ、私はこの瞑想によって実際にクンダリーニが覚醒し、上方に移動した時のことを絶対に忘れることは出来ません。それはおおよそ私が知る限り、これ以上はないというぐらいに < 完全に物理的 > な < 動的エネルギー > として体感されました。プラーナによって刺激されたムーラダーラ内のシヴァ・リンガムに絡みつく灼熱の蛇は、むっくりと起き上がるとスシャムナを上昇し、スバディスターナ、マニプーラを徐々に上昇し、アナハタでエネルギーが拡散するまで上昇を続けました。正に下腹がえぐれるかのような絶対的な動的エネルギーの移動でした。この行法は危険なものでもあり、あまり詳しく書くことは憚られますが、面白いことに故ケネス・グラントは「SSS」は蛇を男根のようにイメージできる女性の方が男性よりも上手く行えるだろう、と指摘しています。

「SSS」のセクションは < 男根 > に対応します。その意味もまた既に明らかでしょう。< ピラミッド >と < 死体 >と < 男根 > としての『H.H.H.の書』の訓練は、A∴A∴の外陣に於ける連続的な体験を補足し、維持し、刺激し、強化するものです。大いなる統一された神の名前は、A∴A∴にもO.T.O.にも強大な影響を及ぼしています。ただし、そのことは殆どの参入者にとっても深い謎に包まれたままなのです。


Love is the law, love under will.