Liber Resh vel Helios

Do what thou wilt shall be the whole of the Law. 

“儀式の第一の目的は志願者をして一定の間隔にて大作業を想起させること。第二に我々の体系の中心との意識的関係へと彼を誘うこと。第三に、より進んだ学徒に対しては太陽の霊的力とその実在力を引きおろし実際に魔術的な接触を行わすことである”  
                   アレイスター・クロウリー

冒頭の言葉は、クロウリーの『告白』の中に記されたものです。Liber Resh vel Helios−「レシュの書」は、1911年に発行された『EQUINOX 第一巻 第六号』に掲載された日拝の式次第で、書に付与された数字は「200」、即ちヘブル文字のレシュ(タロットの「太陽」が対応)の数価です。ここでは、公開可能な部分だけですが、その概論について書いてみたいと思います(敢えて表現するならば、以下はクロウリーの魔術結社「銀の星」団 A∴A∴に所属していない魔術師向けの作法です)。

古来より人類は太陽と共に暮らし、そのエネルギーと叡智を共有してきました。そのサイクルは季節の変化とともに大地に彩りを与え、またある時には容赦なく緑の大地から生命を奪っていき、またある時は大地に乱舞する生命を与えてきました。夜明けとともに誕生し、午後の強い日差しにピークを迎え、日没とともに沈み、夜の訪れとともに沈黙の淵へと沈み行く太陽は、人類にとって最も身近で影響力の強い自然界の支配者でり、神性の象徴でもありました。太陽はまた王、英雄、そしてなによりも、我々の惑星を統治する神々しい存在であり続けています。太陽神話の普遍性はキリスト伝説や一連の英雄伝説――死して復活する偉人として歴史上幾度も繰り返し登場し、人類を鼓舞してきたのです。人は太陽の運行に「誕生−生命−死−再生」を見出し、自らの人生と比較することによって自然の運行そのものから知識を引き出したのです。古代の秘教集団はそのサイクルに則った一連の秘儀参入儀礼を誕生させ、その中では英雄の死が中心的なテーマとなったのです。「黄金の夜明け」団の5=6小達人の儀礼は、キリストの復活と伝説の達人クリスチャン・ローゼンクロイツの復活がそのモチーフとなっています。更にそのルーツはフリーメーソンリーのマスター・メーソンの参入儀式に見られるヒラム・アビフの殺害劇に見出すことができます。これらの美しく劇的な儀礼は、OTOの位階においても、その変形を見出すことができます。それらは正に変形であって、旧来の教義に比べると、中核的な意義そのものの発展系が提示されています。

エジプト神話に登場する太陽神ラーは夜明けとともにヌトの腿の間から誕生し東の地より出現します。神々に支えられた天へと昇り行き、昼の船マンジェトに乗り、世界を統治しつつ天空を旅し、ラー=ホルスとなります。夜の船メスケトに乗り換えたラーは艱難辛苦を乗り越え、ラー=アトゥムとなり夜明けとともに再生するのです。ここで展開されるサイクルもまた我々の元型的神話の普遍的モデル、「誕生−生命−死−復活」という神秘劇を形成します。ラーは宇宙の神であり、天と地の創造者にして生命と光の主であったのです。太陽はまた、揺るぎ無き自然の法則にして、時を告げる天空の生ける神そのものとして崇拝されてきたのです。我々は、この神秘にして超然たる王に敬意を表し、祈りを捧げることを学ばなければなりません。

 実践魔術の観点から観た場合、日々の日拝には幾つかの重要な意義が見出されます。定期的な太陽への祈りによってもたらされる意志の強化、そのサイクルと同化することによって体現される自然のリズムの理解、そして太陽そのものが放つ霊的振動へのリンクの形成です。この中で一番理解し難い概念は、恐らく最後のものではないでしょうか?この時、エソテリズムの観点から理解される事は、我々が崇拝する太陽は単なる物質としての太陽だけではなく、我々の意識の中核に「統一」の象徴として君臨する内なる神性原理としての太陽です。つまり、魔術師が真摯な気持ちで太陽に向かって祈りを捧げる時、実際には外なる太陽と同時に内なる太陽中枢をも活性化させているという事実を忘れてはいけません。この霊的中枢は無意識内にあって、自己の神性原理と一直線にリンクしています。魔術師は太陽を媒介として、強化された内在神とコンタクトし、生命原理と自然界に顕現する神性原理をほんの束の間でも把握しようと意識を集中させるのです。

 現代的な魔術師達はまた、一日の太陽のサイクルと魔法円を関連付けました。東は日の出の方角であり、最初の光−夜明け−誕生の方角です。南において太陽はその勢力を増し、光と熱は増幅されます。従って南は活性された生命と熱(情熱)の方角なのです。西は美しい日没の方角であり、生命の終焉を意味し、夜の始まりを告げる方角です。北、真夜中は闇と静寂の時間であり、太陽は地下世界(アメンタ、またはTuat)へ潜行し沈黙の中に入ります。しかし、それは再生の為の沈黙であり、完全な終局ではありません。魔術師は一日の特定の時間に太陽の出現している方角に向かって、祈りを捧げます。ある流派ではFour Adorations、一日四回の太陽への祈りが捧げられますし、夜中を抜いた三度の祈り(夜明け−真昼−日没)を提唱する流派もあります。いずれの場合も祈りの言葉に魔術的な所作、サインが伴います。

Liber Resh vel Helios−「レシュの書」の祈りの言葉は下記の通りです。

"昇りゆく汝、ラーを歓迎せん。
汝を歓迎せん、ラーとともにある力よ。
太陽が昇りゆくとき、帆船に乗り天界を旅する汝よ
タフティは光輝とともに船首に立ち、ラ・ホールは舵をとる
汝を歓迎せん、夜の住居より!"


正午に太陽が中点に達する南に面し言うべし
"勝ち誇る汝、アハトールを歓迎せん。
汝を歓迎せん、アハトールとともにある美よ。
太陽が中間点にあるとき、帆船に乗り天界を旅する汝よ
タフティは光輝とともに船首に立ち、ラ・ホールは舵をとる
汝を歓迎せん、朝の住居より!"


日没に日の入りの方角たる西に面し言うべし
"沈みゆく汝、トゥームを歓迎せん。
汝を歓迎せん、トゥームとともにある喜びよ。
太陽が沈みゆくとき、帆船に乗り天界を旅する汝よ
タフティは光輝とともに船首に立ち、ラ・ホールは舵をとる
汝を歓迎せん、昼の住居より!"


深夜に最も弱まった太陽の方角たる北に面し言うべし
"隠れたる汝、ケフラを歓迎せん。
汝を歓迎せん、ケフラとともにある沈黙よ。
太陽が真夜中にあるとき、帆船に乗り天界を旅する汝よ
タフティは光輝とともに船首に立ち、ラ・ホールは舵をとる
汝を歓迎せん、夕暮れの住居より!"

 アレイスター・クロウリー、20世紀最大の魔術師は1898年の「黄金の夜明け」団入団から始まり、1947年に没するまで秘教的団体の中核にいた人物です。彼が設立した「銀の星」団(A∴A∴)は、神秘主義と魔術(Yoga & Magick)を段階的な霊的発達のカリキュラムとして確立した画期的な魔術結社でした。クロウリーは、元祖「黄金の夜明け」団で実践されていた幾つかの魔術儀式を改変・刷新し、「銀の星」団の公式なカリキュラムとして取り入れていました。ここで採り上げるLiber Resh vel Herios−「レシュの書」は、元祖「黄金の夜明け」団には存在していなかったオリジナルの太陽礼拝儀式です。

 イスラムにおける礼拝・サラートは、常に決まった礼拝方向(キブラ、メッカのカアバ神殿の方角)に向かい定期的に祈りを捧げるイスラム五行のうちの一つです。サラートは1日に五回の礼拝を義務付けています。各礼拝の凡その時間帯は、一回目が夜明け、二回目が夜明けから日が中没するまで、三回目は影が自分の身長と同じになる時間、そして四回目は日没から日がなくなるまで、最後の礼拝は夜に行われます。礼拝とは第一に神への奉仕活動であり、祈りの前にはタハーラ(洗浄)による清めが行われます。

 クロウリーの太陽礼拝は、エジプト神話の神々が登場する四度の祈りによって構成されています。

夜明け  東  ラーへの礼拝      
正午   南  アハトールへの礼拝  
日没   西  トゥームへの礼拝    
真夜中  北  ケフラへの礼拝     

クロウリーのみならず、数多の魔術師が構築した儀式の象徴的基礎を提供しているものはHermetic Qabalahです。その中心的図像である「生命の樹」は、秘教的な宇宙生成論を二次元平面に描写したものですが、むしろこの平面界を超えた全ての諸界を包括的かつ平易に表現しています。儀式を行う魔術師の肉体は、勿論物質界にその足場を築きます。しかし、高揚した彼の精神は、物質界を超え、アストラル界と呼ばれる創造的世界に飛翔するのです。「レシュの書」においてもこの基本原理が取り入れられています。では、魔術師は「生命の樹」のどこに、飛翔するのでしょう?

クロウリーが示した象徴体系を解析すると、彼が「この時、魔術師はサメクとペーの交点に立つ」と書き残している事実に遭遇します(興味のある方は、Weiser版 Liber ABA 第二版のp690-691を参照して下さい)。サメクとはイェソドとティファレトを繋ぐ小径であり、ペーはホドとネツァクを繋ぐ小径で、十字路を形成しています。この儀礼を行う時、魔術師は象徴的にはティファレトの方角(東)を向き背後にイェソド(西)を背負うのです。 彼の右側にはネツァク(南)があり、左側にはホド(北)があります。各方位におけるサインはそれぞれのセフィラに対応した「銀の星」団の位階のサインになっています。位階のサインとは、セフィラとその元素的性質を反映した固有のポーズのことです。

夜明け  東  ラーへの礼拝
ティファレト(太陽が昇る聖なる光の方角)
L.V.X.のサイン中の”甦りしオシリスのサイン”
「銀の星」団の位階 : 5=6 アデプタス・マイナー


正午   南  アハトールへの礼拝
ネツァク (太陽の力がもっとも強まる火の方角)
トゥーム・エシュ・ネイスのサイン
「銀の星」団の位階 : 4=7 フィロソファス


日没   西  トゥームへの礼拝
イェソド (太陽が沈みゆく風の方角)
シューのサイン
「銀の星」団の位階 : 2=9 ジェレイター


真夜中  北  ケフラへの礼拝
ホド (太陽が地下世界に埋没する水の方角)
オウラモスのサイン
「銀の星」団の位階 : 3=8 プラクティカス

 礼拝の対象となるエジプトの神々--アハトール、トゥーム、ケフラはいずれも太陽神ラーの異なる側面を表象しています。魔術師は夜明けとともに東面し、「銀の星」団においてL.V.X.のサインの内の一つとして知られる「殺されしオシリス」のサイン(Sign of Blazing Star)とともにラーへの礼拝を行います。太陽神ラーはこの儀式の鍵です。太陽円盤を頭上に冠した男性神ラーは、再生された純粋なエネルギーを発散させながら東の地平線から上昇してきます。アハトールは、クロウリー万物照応表「777の書」によるとエジプト版のヴィーナス、愛の女神であり、金星のセフィラであるネツァクに対応します。従って魔術師は正午を迎えるとともに南面( ネツァクの方角 )し、「火」4=7のサインを形成しながら、アハトールへの礼拝を行います。彼女は雌牛の頭部を持つ女神であり、ラーの聖なる眼です。トゥーム、あるいはアトゥムは男性の神であり、夜の太陽を表す場合には雄羊頭の男神として描かれます。アトゥムはヘリオポリスにおいてラーとともに崇拝された太陽神で、時に両者は結合してラー=アトゥムまたはラー=ホラクティとなります。日没時、魔術師は西面し、イェソド−風−2=9のサインとともにトゥームへの礼拝を行います。ケフラは地下世界において太陽と生命の再生を準備する神である。太陽の球を転がしながら地下世界を旅し、東の地平線での夜明け−復活へと準備するスカラベ=神聖甲虫の姿をとります。魔術師は真夜中に北面し、ホド−水−3=8のサインとともにケフラへの礼拝を行います。ここまでをおさらいしてみましょう。

東  ティファレト  甦りしオシリスのサイン   光
南  ネツァク    4=7のサイン         火
西  イェソド    2=9のサイン    風
北  ホド      3=8のサイン    水

 ここで、各方位での「祈り」の焦点を列挙してみます。

・ 朝 : 沸き起こる「力」と「再生」への集中
・ 昼 : 燦然と輝く「美」と「炎」への集中
・ 夕方 : 内面から沸き起こる「歓喜」と「愛」への集中
・ 夜中 : 内面に潜む「沈黙」への集中

「力」「美」「歓喜」「沈黙」へのそれぞれの集中の祭に、あなたは「レシュの書」の礼拝の言葉と、指定された位階のサインを併用することになります。更に重要な概念がもう一つあります。あなたは、ラー、アハトゥール、トゥーム、ケフラの四つの太陽神の姿を自らの肉体にイメージとして重ね、その神格との合一を意図するのです。

それぞれの礼拝の言葉を終えた祭に、その方角を向いたまま、「銀の星」団で”沈黙のサイン”と呼ばれるハーポクラテスのサインを形成します。右手人差し指を軽く唇につけたまま、眼を閉じ、内なる沈黙へと移行します。そして自分の肉体を包み込むオーラ領域に鮮烈な神の姿形をイメージします。この方法は「神形を纏う」(assuming the god-form)という高等魔術の重要なテクニックです。神々のプロフィール、神話的背景の理解、固有のエネルギーについて研究すれば、その効果も大きくなるでしょう。この技法は、神々の召喚魔術では必須のテクニックです。最初からうまくいくわけではありませんが、日々の訓練の中で徐々にその感覚を掴んでいって下さい。この段階では、神の姿形をありありとイメージし、そのエネルギーと同調するように努力して下さい。重要なことは「力」=ラー、「美」=アハトゥール(ハトホル)、「歓喜」=トゥーム、「沈黙」=ケフラを全身全霊で知覚することです。

 太陽の神々は帆船に乗り天空を旅します。古代エジプトの民にとっての旅とは、概してナイル川での川旅を意味しています。そしてこの帆船は二人の乗組員(神)によって操縦されています。タヒュティ(あるいはトート)はエジプトの魔術神でローマ神話におけるマーキュリーに相当します。ヘルメス=マーキュリー=トートは科学の神であり、宇宙の機能的法則を測り、秩序を維持する神であると同時に、言葉を発明し知性を守護する神でもあります。彼の専門分野は天文学占星術、数学、幾何学、医療、錬金術、文法、論理学、修辞学、音楽そして魔術であり、神々の書記官であるトートは同時に神託を告げる者でもあります。彼は偉業を成す魔術師の元型であり、宇宙のエネルギーの変換者にして、叡智の保持者です。彼は船首に立って、一日中前方を見守る明晰な”見者”、私達の魔術的なヴィジョンでもあります。タフティは光輝とともにあると書かれています。これは我々のヴィジョン、創造性、そして光を世界に投げかけることを意味しています。ラ・ホールは舵取りで魔術的な「意志」と推進力を表しています。ラ・ホールは帆船の舵取りであると同時に駆動力でもあります。

 日拝の儀式を定期的に行うメリットは冒頭に掲げたクロウリーの言葉に明確に示されています。実際の実践上で問題となるのは、日常の生活の中に如何にして日拝の儀式を定着させるか、です。勿論、この儀式は何処にいても実践することができるのです。特定のテンプルの中だけではなく、街中の路上や電車の中、オフィスの会議室、学校の教室から喫茶店の窓際のテーブルに至るまで。ただ正午や日没の礼拝は環境的に一人になることが困難でしょう。仕事や授業の合間に、人気のない非常階段に避難して行うことも可能でしょうが、もし日拝の儀式を他人に見られてしまったら、それはそれで何らかの問題になるに違いありません。 いぶかしげなサインを形成しながら一人で何事かを呟いている人を見たら、誰でも疑心暗鬼に陥るものです。そんな状況の時は、もっぱら眼を閉じて頭の中で儀式を済ませてしまうことも可能です。つまり、能動的なイマジネーションを用いて輝く太陽を視覚化し、心の中で礼拝の言葉を発声し、神形を纏い、「力」=ラー、「美」=アハトゥール(ハトホル)、「歓喜」=トゥーム、「沈黙」=ケフラへと集中するのです。魔術的な隠遁生活をしている者でない限り、日に四度の日拝を定められた魔術のテンプルの中で行うことは不可能です。ある程度、実践に馴れたら想像力を用いて儀式が行えるように心掛ければ良いでしょう。自分に出来る最大限の努力を目標とし、儀式を生活に定着させれば、それだけでも貴重な魔術的体験の蓄積となります。日拝の儀式は最も効力のある日々の魔術なのです。

Love is the law, love under will.