The Vision of the H∴G∴A∴

Do what thou wilt shall be the whole of the Law.

マルクトは、「生命の樹」の最下端にあり、霊と物質が渾然一体となり存立する<王国>であると同時に、我々が日々暮らす霊的・物質的宇宙の辺境でもあります。その象徴の一つは、意味深くも「門 (Gate)」であり、四分割されたマルクトの門、即ち「祈りの門」、「正義の門」、「死の影の門」、「涙の門」は『法の書』の第一章51節にこう描写されています。

“一つの宮殿へと通じる門が四つある。その宮殿の床は銀と金より成る。瑠璃(ラピスラズリ)と碧玉(ジャスパー)があり、あらゆる珍しき香りに満たされ、ジャスミンと薔薇、そして死の紋章がある。彼を四つの門から順番に、もしくは同時に入らせ、宮殿の床の上に立たせよ。”

クロウリーは『法の書』の解説の中で、この描写を特定のイニシエーションを表すものである事を示唆しています。そしてそのイニシエーションとは間違いなくA∴A∴のマルクト位階であるニオファイトのための集団参入儀礼「門の書」です。他方、伝統的な錬金術の枠組み、三つの変成のプロセスは、A∴A∴の骨格を形成し、それはまた「大いなる作業 (The Great Work)」の三段階と呼ばれています。

●第一段階 ニグレド 黒化 : 魂の暗き夜、腐敗による解体、または破壊
●第二段階 アルベド 白化 :霊的啓発、腐食と減衰からの解放、浄化
●第三段階 ルベド 赤化 :神への昇華、統一、完成、哲学者の石、沈黙

錬金術の素朴な理論骨子によれば、宇宙は全て単一の聖なる原因から流出しており、その意味において錬金術の変成作業、例えば鉛を金へと変成させることが可能であると仮定します。現代的な実験工房錬金術の理論と実践の立役者フラター・アルヴェルタスによれば、振動率の低い粗雑な物質を変性し、その振動率を高める技法を適用し、卑金属 (低振動) を金 (高振動) へと変成させるということになります。また万能薬 <哲学者の石> に含まれるPANACEA (宇宙の霊薬) を抽出し、不老不死を獲得することが中世の錬金術師達の大いなる野望でもありました。

「大いなる作業」の第一段階 <黒化 ニグレド> は、A∴A∴の三つのオーダーの内の最初のオーダー、即ち「黄金の夜明け」団The Order of the G∴D∴に対応しています。ここでのテーマは腐敗と解体であり、そこにおいて変成のプロセスが能動的に開始されます。第二段階<白化 アルベド>は、A∴A∴の二番目のオーダーである「薔薇十字」団 The Order of the Rosy Crossに、そして第三段階<赤化 ルベド>は、三番目にして最後のオーダーである「銀の星」団 The Order of the Silver Starにそれぞれ対応しています。つまりA∴A∴の魔術訓練の梯子は、総体として錬金術の変成の三段階と精緻に結びついており、その三つのオーダーにおいてそれぞれ固有の、しかしながら連続した三つの試練が存在しています。それら三つの試練とは、順番に「聖守護天使の幻視 (The Vision of the Holy Guardian Angel)」、「聖守護天使知識と会話 (The Knowledge and Conversation of the Holy Guardian Angel)」、「深淵横断 (The Crossing the Abyss)」と呼ばれています。

"高等司祭の務めについて一言いいおく事がある。見よ!一つの中に三つの試練があり、それは三通りの方法で与えられるやもしれぬ。低劣なるものは火を潜り抜けねばならぬ。洗練されたるものは知性の中で、そして、高尚なる選ばれしもの達は天上において試練にあわせよ。かくして汝らは星と星、体系と体系を持つ事となる。一方の者に他者を知らしめてはならぬぞ! "
       法の書 第一章50節

先月大阪で行われた講義「Magnum Opus 新アイオンの魔術とホルスの時代の秘儀参入」の後半において、私はこれら三つの段階について俯瞰し、その概略を説明しました。今回は、その中の「聖守護天使の幻視」について、そのアウトラインを再記述してみたいと思います。まず「聖守護天使の幻視」という最初の変成作業に関する初めての明確な記述は、アメリカの魔術師J.ダニエル・ガンサーによってこう説明されています。

“聖守護天使の幻視”は、ヴィジョンやトランス状態とは何の関連性もない。それはネフェシュを無益で未制御なままの状態から、“固有の言葉”への注意深い状態へと変成させることである。その言葉は知られてはいないものの確たるものであり、真の熱望の実証によって自明の理として宣言される。” “ネフェシュの領域で生起した”聖守護天使の幻視”よりイニシエーションの結果が生じる。変化の触媒、また同様に変成のプロセスそのものは探求者の無意識のうちに始まる。”
             Initiation in the Aeon of the Child 第六章

この固有の言葉について、クロウリーは別のところでこう記述しています。

“私は君たちにセレマの数値である、93という数値について記しておきたい。この数は単にアガペーを解釈して得られる数を示しているだけでなく、もし君たちが我らの聖なる団であるA∴A∴のニオファイトでなければ知ることのない<言葉>の数も示している。そして、その言葉は<沈黙>から<発話>が生じ、<最後>に再び沈黙へと回帰していくことを表している”
              第150の書

この93の数価を持つ固有の言葉は、「門の書」によってニオファイトに授けられます。そしてこの言葉によってニオファイトはマルクトの四つの門へと侵入することになります。
一方ガンサーが述べる”変化の触媒”、即ち変成を助長し、促進する<触媒>とは一体何を表しているのでしょうか? ガンサーは、この触媒を「新約聖書」の「黙示録」に登場する破滅の星 <苦よもぎ> であると説明しています。 「ヨハネの黙示録」にはこう預言されています。”第三の御使がラッパを吹き鳴らすと、苦よもぎというたいまつのように燃えている大きな星が落ちて、水の3分の1が苦くなり、そのため多くの人が死ぬ”
この畏怖すべき災いの星が、志願者のいる神殿に降ってくるのです。そしてその忌むべき災厄の星は変成のための触媒になるのです。それは一体どういうことなのでしょうか?

この <苦よもぎ> は、クロウリーの体系では逆五芒星によって表象されます。一般的にこれは悪魔主義者達の邪なシンボルの一つです。しかし、A∴A∴の「大いなる作業」の解釈では、この邪星は聖守護天使を表す比喩として登場します。錬金術の、そして「大いなる作業」の第一段階 <黒化> は、現象として <腐敗による解体、または破壊> を参入者に齎します。<苦よもぎ> は、その意味において変成のための強力な触媒となります。そしてこの場合の破壊は、再生のための、浄化と啓発の前段階としての破壊に他なりません。これはまた<汝自身を知れ!>という勅命に他ならないのです。

「聖守護天使の幻視」は、前述のガンサーが述べるように天使に関するアストラル・ヴィジョンやトランスによる聖守護天使とのコミュニケーションを指すものではありません。<苦よもぎ> に表象される聖守護天使が破壊力を伴って、ニオファイトのネフェシュ(動物魂)に降下し、魂の根底から変成作業を開始する現象、またその変性の過程そのものを指しています。とはいえ、幻視 (Vision) と呼ばれるのにはそれなりの理由があります。クロウリーが受け取ったとされる13種類の「セレマの聖なる書物」において、聖守護天使は一貫してアドナイ (Adonai) と呼ばれています。このアドナイは「門の書」の一つの鍵です。アドナイのゲマトリア数値は65 (アレフ、ダレス、ヌン、ヨッド ADNI)で、これはL.V.X.たる<光>と等価です。「セレマの聖なる書物」の中で、特に志願者と聖守護天使の関係を記した一書、『蛇を帯びる心臓の書』は正しく『第65の書』と呼ばれています。またアドナイを構成する4文字のフルスペルによって、私達は671という数字を得ることができます。そしてニオファイトのための参入儀礼「門の書」は『第671の書』とも呼ばれています。アドナイを表す数値65とマルクトに配属させるテトラグラマトン (聖四文字)の最終文字へー (数値5) を足すことによって私達は70という数値を得ることができます。そして70とはヘブル文字の <アイン> の数値でもあります。またアインは <眼> を意味します。このことにより、マルクトのヘー(それは娘を意味し、「大いなる作業」の言語によると処女を意味します) とネフェシュに降臨したアドナイの和合によって、この世界に新しい <眼> が出現することになります。これを便宜上 <アドヘナイの眼> と呼ぶことにしましょう。<アドヘナイの眼> は、旧来のニオファイトの視点をあらゆる意味において、つまり魔術的、哲学的、宗教的、心理学的、社会学的に変成する力を持つ魔術師の眼となります。「聖守護天使の幻視」という最初の変成作業は聖守護天使による容赦ない破壊の作業となります。この作業によって、ニオファイトの旧来の価値観は崩れ、新しく獲得した <眼> と <視点> は天使の意志を反映するようになるのです。志願者と聖守護天使は共鳴し、愛をはぐくみより濃密な霊的交流が生じることになります。活性化された熱情は、その結果として <聖なる婚礼> を生起させ、「聖守護天使の知識と会話」のための強固な基盤 (イェソド) を形成していきます。「聖守護天使の幻視」は、ニオファイトの意に反して強制的に発動され、ガンサーが述べる通り無意識的に発芽します。この試練によって、ニオファイトは世界を見直すことになります。またあらゆる投影・投射によって自我の周辺に形成された鏡面世界を破壊することになります。この鏡面世界は放置しておくとあらゆる執着と渇愛の原因となり、ニオファイトをして「大いなる作業」から逸脱させようと画策を続けるのです。そして、クロウリーが <ネフェシュの試練> と呼んだ動物魂と理性の葛藤に呑み込まれ苦悩することになります。魔術師が大いなる作業において失敗する多くの原因は、この「聖守護天使の幻視」の試練の敗北に起因しているといっても過言ではありません。

「大いなる作業」に真の意味で従事することのない魔術師は、この鏡面世界に対する無意味な願望実現や短絡的な呪術行為によって、より一層自分を取り巻く鏡面世界を蠱惑的な幻想で埋め尽くそうとします。この鏡像世界は、決して魔術的な意味で完成することはなく、時には魔術師の精気を奪い、瞑想を台無しにし、儀式を無意味化します。「聖守護天使の幻視」は、新しく獲得した <アドヘナイの眼> によって、この鏡像世界を視界に捉え、続いてホルスのサインとともに幻像を追儺、もしくは破壊します。鏡面世界との共存、鏡像への執着は <黒化> における最大の破壊対象となることは云うまでもありません。鏡像世界の破壊に抵抗する魔術師、または鏡像世界の存在すら知らない無知な魔術マニア達は、こぞって無目的な魔術サークルに集い、<真の意志> と <ネフェシュの奔流> を履き違えながら終わりなく、また絶え間ないネフェシュの欲動という名の泥濘とともにあるのです。この絶え間ない欲動を叶えるための魔術行為は刹那的、消耗的であり、また <真の自由> とも程遠い魔術的自慰行為に陥ることが少なくありません。かくして魔術師は、その両翼を失い飛翔することもままならなくなるのです。

ユング心理学における<シャドー>に相当する「邪悪なるペルソナ」が、ネフェシュに反映されると、それはそのものの本質を破壊し、異質な虚像を産み出します。ネフェシュはそれらの形態を曲解し、破壊し続けることによって永久に存在しようとするのです。動物魂たるネフェシュに災厄の星 <苦よもぎ> として降下する聖守護天使は、これら人間が無限に紡ぎだす虚像と曲解のメカニズムそのものにメスを入れます。これは機械化された本能と理性のせめぎ合いを <アドヘナイの眼> で「見直す」ことによって矯正し、内的世界の変容をトリガーに外的世界を変成していくことによって実現されます。これこそが、「大いなる作業」の三段階における第一の試練「聖守護天使の幻視」<黒化> です。

「魂の暗き夜」を恐れ、また内面を直視することを忌み嫌う心的傾向によって、クロウリーが「イニシエーションの拒絶」と呼んだ一種の霊的硬直状態が生まれます。A∴A∴のニオファイト参入儀礼では、何故にこの魂の変成が加速されるのでしょうか? しかしその答えは簡単ではありません。この参入儀式の場に<望まない者>が招かれることは決してありません。恐らく既にこの変性作業の基礎を理解し、忍耐と共に確たる修業を重ねた魔術師のみが招かれるのです。その権利は万人のものです。丁度<法>が万人のためのものであるように。

A∴A∴における「大いなる作業」の径、その第一段階である「聖守護天使の幻視」は、ニオファイトの集団参入儀礼「門の書」による聖守護天使の降下 <苦よもぎ> によって種子たる触媒が埋め込まれた後に無意識的に開始されます。本人の意図とは関係なく、見えざる者が彼を破滅へと押しやるのです。この畏怖すべき霊的試練は、極度の緊張を齎します。苦渋と艱難の <毒> はやがて蒸留され、甘美な <霊薬> へ昇華します。彼の視点は <アドヘナイの眼> によって矯正され、やがて自らが作り出した苦悩の本質を知り、投影によってパノラマ化した歪な現実世界が虚像の集積であることを理解するのです。この過程を通過したごく少数の修行者のみが後に続く「聖守護天使の知識と会話」へと進むのです。聖なる婚礼 (ヒエロス・ガモス)のための壮麗な寝床、それは上昇する矢である<サメク>の小径が指し示す太陽の球にあります。

“小宇宙の中心であり、人間の心臓に照応するティファレトへと続く小径はサメクである。太陽であり、人の心臓たるティファレトへと突き進む上向きの矢は、月であるイェソドから放たれる。それは揮発性の”凝固”, 即ち「精髄」の形成へと向かう<意志>の進路である。この「精髄」は、達人とアウゴエイデスの結合によって形成される。”

    J. ダニエル・ガンサー

続きはまたの機会に。

Love is the law, love under will.