AIVAS 78

Do what thou wilt shall be the whole of the Law.


既にご存じの通り、『法の書』は、セレマ主義者達の中心的な「聖なる書物」です。それはエジプトのカイロにおいて、アレイスター・クロウリーの聖守護天使、または超人間的存在アイワス ( Aiwass ) によって、1904年の4月8日、9日、10日の三日間にわたって伝えられたものです。クロウリーが忘我の中で筆記したと述べる「聖なる書物」は『法の書』を含めて全部で13種類存在しています。それらの書物は、クロウリー自身の言葉を借りるならば、クロウリーによって書かれた他のいかなる書物とも異なる異質な一連の魔術書であり、預言書であり、教示書ということになります。全13種類の「聖なる書物」は、1983年、O.T.O.によって『春秋分点』第三巻九号として纏められ、出版されています。謎に満ちた暗号文書といってしまえばそれまでですが、確かに「聖なる書物」に書き記された散文詩は、カバラ的、魔術的なsecret codeに満ちています。それはクロウリーのセレマ主義の徹底的な研究抜きにしては理解し得ぬ一連の魔術書です。
http://d.hatena.ne.jp/HierosPhoenix/20070217


各々の書物には特別な番号が付与され、A∴A∴の各位階において研究され、また昇進試験の一環として、任意の書物の章がまるごと暗記されることになります。ここで一連の書物が書き記された日時を振り返ってみましょう。そこには一つの重要な鍵が明示されています。

第1の書 『Bあるいはマギの書』           1911年
第7の書  『諸書あるいはラピスラズリの書』      1907年10月30日
第10の書 『光の門の書』               1907年12月12日
第27の書 『聖三文字の書』              1907年12月14日
第65の書 『蛇に巻かれし心臓の書』   1907年10月30日-11月3日
第66の書 『ルビー・スターの書』    1907年11月25日
第90の書 『ツァダイあるいはヘルメスの釣り針の書』  1911年
第156の書 『ケスあるいはアビエグヌスの壁の書』   1911年
第220の書 『法の書』    1904年4月8-10日
第231の書 『アルカナの書』   1907年12月5-6, 14日 1911年
第370の書 『創造あるいは精霊の山羊の書』   1911年
第400の書 『タウあるいはカバラ三文字の書』   1907年12月13日
第831の書 『アラリタの書』    1907-8年 冬



重要な鍵は、それらの書物の受領日がA∴A∴が設立された1907年に集中しているということです。それは一体何を意味しているのでしょうか? 何故「聖なる書物」は1912年以降書き記されることがなくなったのでしょうか? クロウリーの『第61の書』は、『原因の書』とも呼ばれ、A∴A∴設立に関わる歴史注釈を含んでいます。この中でクロウリーは注目に値することを述べています。即ち、V.V.V.V.V.と呼ばれる「神殿の首領」( 8=3 ) によって語られた言葉が聖なる文書として書き留められ、A∴A∴に引き継がれたこと、そしてそれらの書物が上記の「聖なる書物」を指しているということです。クロウリーは、例えば『法の書』はアイワスと名乗る知られざる存在がカイロで、彼に『法の書』の三章を伝えたものであると『春秋分点』誌 第一巻七号 ( 1912年春分発行 ) で詳細にレポートしています。さて、『法の書』を伝えたのは、アイワスなのでしょうか? V.V.V.V.V.なのでしょうか? この謎かけを解いたのは、現代A∴A∴の権威、J. ダニエル・ガンサーですが、そのお話は別の機会に譲りましょう。


クロウリーによれば、『法の書』を伝えたアイワスの声は、彼の左肩の向こう、部屋の最も遠い角から聞こえてきたそうです。その声は深い声質で、音楽的で表現豊か。その口調は厳粛にして官能的・・・柔らかく、時に獰猛な声量あるテナーもしくはバリトン。アイワスは物理的な肉体を持たず、インセンスの煙のような繊細な物質から成り、背の高い、30代のがっしりとした男性に見えたそうです。意欲的で力強く、荒々しい王の顔つき。服装はアラブ風ではなく、アッシリアもしくはペルシャ風。古代エジプトの沈黙の神ホール・パー・クラァートの大使と名乗る謎の存在アイワス。その教えの中核は、人間の (真の) 意志の力が人を真の自由と解放へと導くということです。そして書全体は、新しい時代 (ホルスのアイオン) の魔術の術式についての深遠な教義の開陳に他なりませんでした。書全体が「220」節からなることから、『法の書』は、『220の書』(Liber CCXX)と呼ばれています。実は、『法の書』以外の「聖なる書物」は、前述したようにクロウリーが忘我の状態で半ば自動筆記されたものです。そういった意味では、『法の書』は一風変わった方法で得た文書、即ち自動記述ではなく、アイワスの口述を筆記した文書ということになります。そしてそれは、クロウリーが受け取った最初の「聖なる書物」でもありました。


アレイスター・クロウリーは『神々の春秋分点』の中で、この知られざる実在について指摘しています。

“私は、アイワスがかつてシュメールにおいて「神」、「デーモン」または「悪魔」として聖化されていたのみならず、私自身の守護天使であるということを信じたい思いに傾いている。しかし、彼が人間の肉体によって彼が愛している人類との魔術的リンクを形成しているという意味において、彼はまた私である。それ故に彼こそは「銀の星」団の首領であり、イプシシマスなのである”


守護天使、アイワス、イプシシマス。それらの言葉は謎に覆われた用語です。しかし、全てのセレマイトは全力をもってその謎を理解することに努めるでしょう。しかし、どのようにして私達はそれらの用語を正しく理解することができるのでしょうか? アレイスター・クロウリー自身も初めは大いに当惑していました。突如として彼の魔術キャリアの中に発生した異常現象、彼はそれを理解する為に5年か、それ以上の年月を必要としました。


ここで1909年にクロウリーの魔術キャリアの上に何が起こったのかを少しだけ説明しましょう。彼が、彼自身の魔術結社A∴A∴の公式な機関誌である『春秋分点』の発行を開始した頃のことです。クロウリーとその弟子ビクター・ベンジャミン・ノイバーグは、これといった魔術的目的もなくアフリカのアルジェリアの地を旅していました。この一見無意味な旅は、彼らにとって、あるいは現代の全てのセレマイトにとって、とてつもなく大きな意味を持っていました。


“私はなぜ、または如何にしてその構想が去来したのかを想像だにできない。恐らく、私のリュックサックの一つに私の初期の魔術のノートブックが入っていて、その中にエリザベス朝の占星術師であったディー博士とともに作業し、然るべき天使達から計り知れない忍耐によってエドワード・ケリー卿が獲得した19の「召喚」または「鍵」を口述筆記した文書の写しが入っていたからであろう。
彼らの六番目の魔術作業は、あらゆる時代の魔術作業を鑑みても、正真正銘にして興味深い稀有なものの一つであり、それはカソーボンによって英訳されている。それらの作業の多くは、未だに説明が困難な代物だが、私とA∴A∴の大達人、兄弟センパー・パラツス(トーマス・ウィンドラム) によって膨大な時間をかけて調査され、また多くの不明点が解明されたものである。
アレイスター・クロウリーの告白』 第66章



この魔術作業は『霊視と幻聴』として整備され、『春秋分点』誌 第一巻五号に発表されました。『霊視と幻聴』は、近年になって現代A∴A∴の誉れある兄弟V.V.によって編集され、再出版されています。そこにはクロウリー自身の手による象徴の解説が含まれています。端的にいえば、この作業は『黄金の夜明け』団を経由して、クロウリーにもたらされたエノキアン魔術の共同実践作業です。アレイスター・クロウリーとその弟子ビクター・ノイバーグは、幻視者と筆記者として共に作業し、アルジェリアの砂漠で、30ものアエティールを連日召喚したのです。ともあれ『霊視と幻聴』は、セレマと『法の書』を理解するための重要基本文献です。彼の聖守護天使アイワスは8番目のアエティールに再登場し、彼に天使の召喚方法、即ち「聖守護天使の知識と会話」の技法を伝授しました。


それぞれのアエティールの天使達は、新アイオンの術式である「N.O.X.」や「深淵の試練とコロンゾン」、「ババロン」や「ネモ」といった多くの教義を明らかにしました。『霊視と幻聴』は、セレマの大いなる神秘の宝石箱です。とはいえ、『霊視と幻聴』は膨大な作業記録であり、極めて難解な書物であることに間違いありません。言うまでもなく、私はそこに書かれていることを全て説明することは出来ません。しかしながら、私は毎夜それを愛読し、インスピレーションと至福を、酩酊とロマンスを享受しています。そう私は”ロマンス”と述べました。なぜならば、全ての「聖なる書物」のメイン・テーマは「愛」、アガペー( 無償の愛 ) なのです。”愛は法なり、意志の下の愛は”。


彼の聖守護天使アイワスが、8番目のアエティールに登場したことは先にも述べました。アエティールは番号が少なくなるほど、霊的到達度が高くなります。従って、作業は第30番目のアエティールの探索から始まり、第1番目アエティールの探索で完結します。「大作業」の最大の難関である「深淵越え」は、第10番目のアエティールでのコロンゾンとの戦いに勝利することによって達成されます。8番目のアエティールの主題は、アイワスによる「聖守護天使の知識と会話」の実践課程の教示です。さて、どうして「深淵横断」という最後の試練の後、即ち、第10番目のアエティールの後にティファレトと関連した「聖守護天使の知識と会話」の教示がなされたのでしょうか? 順番が逆のようにも思えます。「大作業」は、「大いなる帰還の径」としてマルクトからスタートし、順次「生命の樹」を上昇していきます。この観点から、「深淵横断」の後に「聖守護天使の知識と会話」の教えが伝えられるのは矛盾しているといえます。さて、この謎もJ. ダニエル・ガンサーによって解き明かされています。彼は、5=6 小達人が成し遂げる「聖守護天使の知識と会話」だけではティファレトの「聖なる婚礼の間」に住まうことは不可能であり、深淵を越えた「神殿の首領」のみが、ティファレトに住まい、Hieros Gamosを達成するのだと述べています。5=6 小達人が住まう宮殿は、あくまでもマルクトだというのが彼の意見です。そして彼は、それこそが10番目のアエティールの通過後に、8番目のアエティールにおいて「聖守護天使の知識と会話」の実践過程が教示された理由だとしています。この解釈は、「大作業」の深遠な教義に関連している為、興味をお持ちの方は是非ガンサーの_The Angel & The Abyss_ 第六章 (「神の憤怒」)をお読みください。さて、次はアイワスの数値に関する解釈です。


第8のアエティールの中で、アイワスはクロウリーにこう伝えています。

“ 私の名前はアイワスと呼ばれる。それは8と70である。そして私は「隠された者」の影響にして8と70からなる輪である。”


8と70、即ち78こそがアイワスの数値であるとクロウリーが考えた理由がここにあります。また78枚からなるタロットも即座に想起されます。クロウリーは『春秋分点』第一巻五号所収の「ゲマトリア」において、78を王冠、最も崇高なるケテルからの影響力 Mezla (その数値は78 ) と関連付け、その鍵はタロットであると述べています。そして78を最も高揚された神のメッセンジャーの名前の数値であるとしています。この段階で、クロウリーはアイワスの綴りをAIVAS ( = 78 ) としています。ところが、後にこのAIVAS 78のゲマトリア換算は、間違いであったとクロウリーは考えるに至ります。クロウリーは、Aiwaz (ヘブライ文字変換)と綴りを変え、その数値を93と算出しました。そしてもう一つの換算としてAiwass = 418 (ギリシャ文字変換)を定義しました。
http://d.hatena.ne.jp/HierosPhoenix/20070609


クロウリーは、まるでAIVAS 78の変換が若き日の過ちであったかの如く、この変換を否定しています。ではどうしてアイワスは、自分の数値が78であると示唆したのでしょうか? 故意に間違った数値をクロウリーに伝えたのでしょうか? それともそこには他に意味があるのでしょうか?


クロウリーは、自身のゲマトリア辞典『セフィール・セフィロト』の中で78の数値に関して次のように述べています。” Huaとしてのケテルの神秘数 ”。
HVAは、ヘブライ語で 「He」を意味し、ケテルと関連した神性名のバリエーションの一つです。その数値は12であり、黄道十二宮と関連させ、「12 の星々の家」、「Kether with the Zodiac」と解釈 されています (78と12の関連性は、78 = Σ( 1-12)として関連付けられます )。クロウリーは78という数値としてのMezla、即ち「創造の過程におけるケテルからの神聖な力の下降」と深く関連付けました。「黄金の夜明け」団の象徴体系においてそれは「燃える剣」(Flaming Sword) として知られています。「燃える剣」は、頂点であるケテルから発し、全てのセフィラを通過しながら、「生命の樹」の上をジグザグに下降していきます。即ち、王冠であるケテルから下降する神聖なる影響力の下降 = Mezlaそのものといえます。

“ 私の名前はアイワスと呼ばれる。それは8と70である。そして私は「隠された者」の影響にして8と70からなる輪である。”


万物を貫く「燃える剣」は、逆にマルクトからケテルへと向かう「智慧の蛇」とセットになっています。アレイスター・クロウリーは、この万物を貫く「燃える剣」の数値が「777」であることを『セフィール・セフィロト』の中で明らかにしています。頂点であるケテルから、最下位のマルクトまでを接続する各小径の内、ケセドとビナーを直接繋ぐ小径は存在しない為、クロウリーはその小径をギメル (ケテルとティファレトを繋ぐ小径 ) で代用しています。


ケテル - コクマー  アレフ 数値1
コクマー - ビナー  ダレス 数値4
ビナー - ケセド   ギメルにて代用 数値3
ケセド - ゲブラー  テス  数値9
ゲブラー - ティファレト ラメド 数値30
ティファレト - ネツァク ヌン 数値 50
ネツァク - ホド   ペー 数値80
ホド - イェソド   レシュ 数値200
イェソド - マルクト タウ 数値400


1 + 4 + 3 + 9 + 30 + 50 + 80 + 200 + 400 = 777



これこそが、クロウリー万物照応表の集合体を『777の書』と呼んだ理由です。
次にこれらの小径に対応したタロットの大アルカナについても見てみなければなりません。

ケテル - コクマー  アレフ 愚者 0
コクマー - ビナー  ダレス 女帝 III
ビナー - ケセド   ギメルにて代用 女司祭 II
ケセド - ゲブラー  テス  欲望 IX
ゲブラー - ティファレト ラメド 調整 VIII
ティファレト - ネツァク ヌン 死 XIII
ネツァク - ホド   ペー 塔 XVI
ホド - イェソド   レシュ 太陽 XIX
イェソド - マルクト タウ 宇宙XXI

0 + III + II + IX + VIII + XIII + XVI + XIX + XXI = XCIII


ローマ数字「XCIII」、即ち「93」です。


“ 私の名前はアイワスと呼ばれる。それは8と70である。そして私は「隠された者」の影響にして8と70からなる輪である。”


Mezlaとしての78は、78からなるタロットでもあり、「燃える剣」はタロットと照合させると93になるのです。これは少しばかり興味深いアイワスからのカバラ・クイズです。クロウリー晩年の弟子達への指導書簡を編集した『容易な魔術』( Magick Without Tears) の第4章( The Qabalah,The Best Training for Memory ) の中で、クロウリーはこう述べています。


・「ギリシャヘブライ、ほとんどアラビア的なQabalah, それらが『法の書』の著者( アイワス )によって使用されている」 
・「数字は宇宙構造のネットワークであり、その関連は私達の理解の発現を形成する」
・「それ( 生命の樹 )を後方から、前方から、側面から、そして引っくり返して知るべし。そして君の全ての思考の自動的なバックグラウンドとなるようにせよ」


クロウリーは、アイワスが大のクイズ好きであったことを身を持って知っていたのでしょう。そしてカバラを自らの体系の基盤として、弟子達にその学びを示唆したのです。クロウリーにしてみれば、自身の身の上に起こったアイワスからの呼びかけや「聖なる書物」の自動記述、魔道師アブ・ウィル・ディズや妖術師アマラントラの訪問を正当に理解する法則や基準など他に何も持ち合わせていなかったのですから。彼がゲマトリアを重要視したのは、それぐらいしか散りばめられた謎にヒントを与えてくれるものがなかったからに他なりません。それ程、彼の魔術人生には奇妙なことが起こり続けたのです。


愛すべき聖守護天使アイワス、彼の知性は確かに人間のものではないようです。

Love is the law, love under will.