Samuel Aiwaz Jacobs

HierosPhoenix2007-06-09

Do what thou wilt shall be the whole of the Law.

 第一次世界大戦が勃発すると同時に戦火を避けるようにしてクロウリーアメリカに渡ります。1913年ニューヨークに上陸したクロウリーは1919までの6年間を新大陸で過ごし、この期間「インターナショナル」誌の編集者として糊口をしのぎます。週給20ドルの新生活の中で、クロウリーは得意の魔術論文や後に「東方聖堂騎士団」の中核的儀式ともなる「グノーシスのミサ」、短編小説などを同誌に発表していくのです。

 この時期、彼はロディー・マイナーという筋肉質の中年女性と出会います。メアリー・デステ・スタージスに続き、ロディー・マイナーはアマラントラと名乗る高次の霊的存在と接触し、クロウリーに更なる魔術の知識を授けるための緋色の女となったのです。黒い法服に身を包んだアマラントラは、グレイのあごひげを蓄えた王のいでたちで、ロディーを異界へと誘います。クロウリーはロディーを通じて魔術上の疑問を投げかけ幾つかの有益な回答を得ることになります。OTOで彼が自称した「バフォメット」の意味や、彼の代名詞でもある「大いなる獣」のヘブライ語の正しい綴りなどについて。

 クロウリーは「インターナショナル」誌に『魔術の復興』(The Rivival of Magick)という短い論文を短期連載していました(1917年 8月-11月)。彼の魔術観、エリファス・レヴィ、旧師アラン・ベネット、A∴A∴、OTOの秘儀・・・彼の論文は「ヨハネの黙示録」の有名な引用で締めくくられています。"ここに知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は666である"(13章18節)

 現代の聖書学では、この記述並びに666の獣がローマ皇帝ネロを指すものであることが定説であることはさておき(Neron Kesarをヘブライ文字に変換し、ゲマトリアする)、666はクロウリーが自称する世紀末の獣の数字だったのです。1918年2月24日、クロウリーはアマラントラにTo Mega Therion(ギリシャカバラ数値666)をヘブライ文字に置換可能かを質問しました。またTo Mega Therionの三語を置換すべきかTherionのみを置換すべきかについても質問しています。アマラントラは最後の名前Therionのみを置換すべきであり、その綴りはタウ、ヨッド、レシュ、ヨッド、アイン、ヌンであると返答したのです。しかし、その綴りから得られるゲマトリア数値740(またはヌンを最終形と解釈した場合1390)にクロウリーは大いに不満を感じます。そこには魔術的な深い意味が見出せなかったからです。憤慨したクロウリーは、アラマントラに疑念を抱くことになりました。

 アマラントラとの通信が乱れた翌朝、クロウリーは「インターナショナル」の編集部に立ち寄り届いた手紙をひっつかんで一旦帰宅します。そして明けた火曜日、「インターナショナル」誌の編集長にしてクロウリーの雇い主であるジョージ・シルベスター・ベレックは一通の手紙をクロウリーに渡しました。その内容を読んでクロウリーは驚嘆します。謎の差出人は、「インターナショナル」の編集部があるニューヨークから遠く離れた土地に住む謎のアッシリア人 サミュエル・アイワズ・ジェイコブ。彼は昨年連載された『魔術の復興』で読者に問いかけられた獣Therionの数値を紐解いたことを編集部に連絡してきたのです。そのヘブライ語の綴りはタウ=400、レシュ=200、ヨッド=10、ヴァウ=6、そしてヌン=50・・・その合計は666! しかもその手紙が投函されたのは1918年2月24日、クロウリーがアマラントラから無意味なゲマトリア数値を教えられた時間帯だったのです。クロウリーは戦慄を覚えつつもアマラントラの悪戯に狂喜します。アマラントラは全くの第三者を迂回してクロウリーTherionの正しい綴りを伝達したと彼は考えたのです。更に興味深いのは謎のアッシリア人の本名の一部であるアイワズ(Aiwaz)。クロウリーに『法の書』を授けた知霊の名前がそこにあったのです。それまでのクロウリーは、アイワズという奇妙なファミリー・ネームがこの世に存在するなどとは思ってもみなかったのです。彼はAiwazという綴りから数値93を導き出します。それまでクロウリーはアイワスの数値は78であると勘違いしていました。『法の書』を授けた知霊はその名前の中に二つの重要な数値を秘めていることを知ったクロウリーは、さぞかし驚嘆したことでしょう(Aiwass = 418, Aiwaz = 93)。

 謎のアッシリア人 サミュエル・アイワズ・ジェイコブ(1918-1971)は実在の人物で、ゴールデン・イーグルなる出版社を設立した活版技術者兼ブック・デザイナーでした。件の署名入りの手紙もロンドン大学・ウォーバーグ研究所のヨーク・コレクションに現存しているそうです。クロウリーは、サミュエル・アイワズ・ジェイコブをA∴A∴のブラザーであると見做し、強い関心を抱いたようです。ただしジェイコブが実際にA∴A∴のメンバーとなったことは(恐らく)なかったものの彼はクロウリーの論文やセレマの法に直感的に同調できる人物であったことは確かです。

 愛妻ローズの突然の豹変と『法の書』の伝授、サマディーの状態での膨大な自動筆記、魔術の門外漢メアリが突然口走ったABAとその数値、会ったこともない謎のアッシリア人からの手紙・・・クロウリーの人生には不可解な現象が数多く起こり、その度にクロウリーは彼を導くインテリジェンスの存在を感じずにはいられませんでした。彼はこれらのインテリジェンスが固有の意志を持った自立した霊的存在であることを自らの経験から思い知らされることになったのです。それは決して心理学的な意味での高次の自己との接触などではなく、独立した霊的指導者との交流だと理解せざるを得なかったクロウリーの心情。それを感じさせるエピソードの一つが、このサミュエル・アイワズ・ジェイコブからの一通の手紙なのです。

Love is the law, love under will.